1989年/ありな書房
3330円+税
280頁
造本・図版構成:工藤強勝+上田宏志
この本に出会ったのは大学生の時。大学の売店にはあまり紙の種類がなくて、卒業制作に使う紙を選ぶために「青山見本帖」にちょくちょく通っていました。「青山見本帖」というのは
(株)竹尾のショールームで、紙を買えるだけではなく、いろいろ相談に乗っていただけます。学生の頃なんて紙の特性に関してはほんと素人でしたから、本当にお世話になりました。卒業制作でシルクスクリーン印刷をやると言ったら、たまたまあった田名網敬一氏のシルクの版画も見せていただけて、プロの仕事に感動したものです。
その竹尾で出している紙見本には、普段紙を選ぶときに使うミニサンプルの他に、一種類の紙で一冊になった大きな物があります。こちらはインクの乗りや再現性がわかるようにかなり凝った造りになっているものが多いのですが、「ロベール」という紙見本のデザインをされたのが工藤強勝氏。ちなみにこの「ロベール」という紙は、銅版画の紙を思わせるようなふわっとした暖かい紙で、なかなか好みの質感なのですが、値段が高めなせいもありいまだ仕事で使ったことはありません。その紙見本のデザインは工藤氏が手がけられた本のカバーを色や加工方法を変えて再現したという、まあ手抜きといえば手抜きかもしれないのだけれど、その文字の扱い方にはとても魅かれるものがあり、これらの本を手に入れたい、と切に思ったのでありました。ちなみにそれらの本とは、
1. 『モダンの五つの顔』マテイ・カリネスク=著/富山英俊+栂正行=共訳/せりか書房
2. 『青い狐』マルセル・グリオール+ジェルメーヌ・ディテルラン=共著/坂井信三=訳/せりか書房
3. 『ミハイール・バフチーンの世界』カテリーナ・クラーク+マイケル・ホルクイスト=共著/川端香男里+鈴木晶=共訳/せりか書房
4. 『独身者の機械』ミッシェル・カルージュ=著/高山宏+森永徹=訳/ありな書房
5. 『憑霊信仰論』小松和彦/ありな書房
6. 『記号と言霊』鎌田東二/青弓社
なのでありますが、なにぶん学生時代のこと、全部買えるわけではなく(版元から想像できる通りどれも高価な本ですし)特に2〜4の間でものすごく迷ったのですが、そうしているうちに見つけたのがこの『黒に染める』。この本はカバーは勿論のこと、表紙、扉、そして本文の全てのページが緻密な工藤氏の仕事、という感じで思わず買ってしまったのでした。
見返しと別丁扉は「レザック」という紙を使っているのですが、上記のごとく紙の種類の少ない大学の売店で売っていた数少ないテクスチュアのある紙が「レザック」と「OKサンド」。しかし指導教官は「レザックを使った作品は受け付けない」とまで言い放つほどのレザック嫌いでしたから、一度も使ったことはありません。どんな紙かというと、おそらく皆さん、小学校の学級文集の表紙などで目にしたことがあるのではないかしら。レザックとはおそらくレザーを意識しているのか、皮っぽい模様が型押しされていて、その柄も下品なのだけど、それ以上に品がないのがその色。結構色数はあるのですが、どれもこれも……文集の表紙は変な緑や赤じゃありませんでしたか? まさにそれ。しかしこの本ではそのレザックの白に赤のベタを刷っている。そうするとあの品のない紙がしっとりとした質感の紙に変わるから不思議。今見ると、この本ってすごく低コストだ。それでこの雰囲気を出しているのはやはりすごい。本文組や各章扉などいちいちすごいのだけれども、あとは書店で実際に手に取って確認してみてください(まだ売っているよね?)。
さて内容ですが……私は読み始めた本は途中でほうりださないことが自慢(?)なのだけれども、これは2、3回読みかけて、それでも一章すら読み終えてないという珍しいもの。何せ辞書なしでは一ページたりとも読むことができません。最初のうちは辞書を引いては欄外に意味を書きだしていたのだけれども、あまりに馴染みのない言葉のせいで同じ語を何度も引いてしまうことに気付き、今度はレポート用紙に書きだして、それを横において読む、ということまでしたのでありますが。で、結局図版だけ眺めて楽しむ、ということに終始しています。高山氏は「
is」の常連でもあるのだけれど、最近はだいぶ文章が平易になってきた気が。少なくとも「表象」に「ルプレザンタシオン」とか「円環の中に閉じる」に「エンサイクロペディックな」などのルビをふることは減ってきたみたい(このてのルビって文章を組む側からするとかなり面倒)。そのことが「
いち押しガイド」に書かれていた「お金の問題」と関係があるかどうかは定かではないけれど。