ISBN-4105381016
1999年/新潮社
1500円+税
192頁/仮フランス装
装画・挿画:かとうゆめこ
装幀:新潮社装幀室
犬派、猫派というふうによく分けられるけれども、私は犬派。といっても別に猫が嫌いなわけじゃない。でも猫を飼ったこともないし、飼おうとも思わないのは、家の中で動物が放し飼いになっているのがイヤだから。なので犬も屋外で飼うのでないとイヤ。私が行っていた大学には野良犬や野良猫がすごく多くて、なんかわざわざ捨てに来る人までいるらしい。実際に車から犬を捨てる現場を見てしまったこともあり、車から下ろされた犬は最初は周りをかぎ回ったりしているのだけれど、車が走り去るのを見て慌てて追いかけるのに時すでに遅し、しかしまあ飼っていた動物に対してどうしてあんなことができるのでしょうね。大学って言うのは一見野良動物たちにはいい環境のようで、広いし、学生は餌をくれるし。でも増え続けるのを野放しにしておくわけにもいかないようで、時々保健所がやって来るのか、まったく犬猫がいなくなるときがある。捨てる人はそこまで知っているのかな。で、猫を飼ったことがない私だけれども、そんな野良猫達に餌をやったりしたことはある。それでわかったのだけれども、猫を飼うわけにはいかない致命的なことが。それは「猫蚤アレルギー」だということ。それ以来猫を避けるようにしているので猫嫌いだと思われるのだけれども、決して嫌いなわけではないのです。
と、久々に前置きが長くなりましたが、本書は野良猫から飼い猫になったフーディーニが、若い猫グレースに語った自伝、というもの。猫が語る小説というとまず思い出すのが『
吾輩は猫である』だけれども、猫は何でこんなに語りたがるんでしょうね。
猫の習性に詳しい人なら、もっともっと楽しめたかもしれません。でも上記の程度しか猫と関わりがなかった私でも十分面白かった。例えば、猫好きにはニャアニャアと鳴きまねをして猫に話しかける人がいたりしますが、あんなのはどうせ猫は猫の言葉として認識しているわけがない、と思っていたのだけれども、本書ではちゃんと猫にその言葉は届いている。なんだけど決して会話ができるわけではなくて、猫からしたら脈絡のない単語を連呼しているとしか聞こえないのだ。なのでよその猫からは「頭のおかしい人に飼われてかわいそうに」って目で見られてしまう。これはちょっとハッとさせられて、むやみに動物語で話しかけるのはやめよう、と思ってしまうのでした。でも動物語で話す人って圧倒的に犬派よりも猫派に多いと思うんだけど。
about bookdesign...
猫派でもないのに本書を借りたのは、装幀の、いや装画のせい。本文中にもところどころ挿画があるのだけれども、これがとてもいい感じ。