『桃』 久世光彦

by KUZE Teruhiko

ISBN-4104101044

2000年/新潮社
1800円+税
A5上製丸背/176頁
装画・挿画:建石修志
装幀:中島かほる
久世氏の新刊『桃』が出たよ、と掲示板で教えていただき、気になっていたのだが、早くも図書館で発見。早速借りてた。
桃は私の一番好きな果物。水分の多い果物が好きなので梨も大好きなのだけれど、桃のすごさは何ったってその香り。自分でもおそらく五感の中で嗅覚が一番鋭いのでは、と思っているくらい、匂いにはちょっとうるさい。『陛下』でいろんな匂いを放っていた久世氏の文章なのだから、さぞかし桃の香りを堪能させてくれるに違いない、とワクワクしながら読み始めたた。
桃にまつわる短編が八つ。どれもむせるように匂う。でもこの人にとっての桃は、爽やかなみずみずしいものではなくて、触れたら崩れてしまうような、くちる寸前の桃が多い。そしてそれらは淫靡であり、屍肉を思わせる。八つの話の中で特によかったのは、関東大震災のごたごたの中で逃げた二人の女郎がお遍路さんにふんして旅をする「同行二人」と死んだ父の軍用トランクから出てきた干からびた桃と御真影を見て思いをはせる「尼港(ニコライエフスク)の桃」の二つ。でもそれらを読んでいて思ったのだけれども、久世氏の書きたい世界は結局全て『陛下』に集約されてしまっているのではないかと。彼の文章で魅力的なのは身を売る女と戦う男、といっても前線で戦うのではなくて、偏った思想から血気にはやって行動を起こすような男である。女達は借金のかたに売られてきたはずなのに、暗さはみじんもなくて、むしろ性を楽しみさえしている。女郎でなくたって、神社に不良に襲われる女も、急進派活動する兄の手引きでその仲間に犯される女も、笑いさえするのである。けれどもそれを不快に感じないのは、文章から漂う妖しい桃の香りの中で夢を見ているような気分になるからに違いない。そう思いながら読み進めていくと、一番最後の「桃―お葉の匂い」は、溶けていきそうな桃と夢とも現実ともつかない事件の物語である。桃とはそういうものなのか、と妙に納得させられる。
さてデザインなのだけれど、『陛下』同様、また恐い絵が入っている。ここを見ていたのか(そんな訳はない)今回は扉に入っているのでまだいいのだけれど……でも合わない。カバーは、上の写真だとわからないと思うけれども、桃の花のイラストが細い線で白く抜かれている。でも、この本に出てくる桃は、崩れそうな桃の実であって花ではないのにね。しかもキラキラと光る紙を使っていて、桃のイメージではないし。もっと言うと、A5である必要は全然ない。この中島さんというデザイナーの方は、柳美里の本のデザインも手がけていて、柳氏はかなりデザインに口を出して来るタイプの作家であるので、私の勤務先でも途中でもめて辞めたこともある。とするともしかすると久世氏もそういうタイプの作家なのかしら。だとするとちょっと残念なのだけども。やはり餅は餅屋、であまり作家さんが口出しするとうまくいかないことが多いので。
本を読みながら、こんなデザインにしたいなあと思ってしまうことが時々あるのだけれど(何も思いつかないときは、仕事でなくてよかったとつくづく思う)この本は珍しいほどにはっきりとイメージできた。判型を小さくして、手触りのある紙にして、箔押しは白……あー本当に作りたくなってきた。こういう時間が一番楽しい。

2000年07月09日(日)04:30 by PINO - Category: bookguide
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2000-01-16

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