ISBN-4000041606
1992年/岩波書店
1650円+税
240頁
装丁:鈴木一誌+蒲谷孝夫
特に意図していたわけではないのだけれどいまのところ同じ作家の本を2冊紹介したことはない。で、初めて2冊取り上げることになったのが伊藤比呂美なのだけれど、困ったことが。というのも時々指摘されるのだけれど、このコーナーって書評と言いつつ、読むに至る経緯とか、その作家についてとかでかなりの文章量を占めているので、2冊目ともなると書くことがガクッと減ってしまうわけです。でも個人の書評の場合、その辺の経緯とかも大事なんじゃないか?と思っているわけで……この件についてはまたいずれ。
伊藤比呂実の作品は、最初に読んだのが枝元なほみとの往復FAX書簡である『
なにたべた?』で次に読んだ『
ラニーニャ』の登場人物は名前こそ違えど『なにたべた?』と一緒だったからこの人は身の回りの出来事を小説にしていくタイプの人だと思っていました。全くの創作ではなくってまわりで面白い出来事が起こるから書けるのだと。そう思って本書を読んだら少し戸惑ってしまった。順番的にはこれが一番古いわけで、ここに出てくる英会話教師アーロンとは『ラニーニャ』でアメリカの夫で障害者のアーロンと同一人物なのだろうか?とか、病弱なくせに豪快なところもある夫は『なにたべた?』で煮え切らないジメジメした態度のタメ夫のことなのか?なんてことを考え出してしまうと他の2冊を読んだときのようにしっくりと結びつかないわけです。まあそんな読み方をするのがいけないわけで、単純に別のものとして読めばいいんだろうけれど。
書評サイトなどをみているとこの人は結構人気があるのだけれど、特に話題にされているのが育児エッセイ。この分野は私は仕事絡みのものしか読んだことはなくてあまり興味もないのだけれど、本業である詩について触れられているところはあまりない。私も読んだことはないけれど、本書を読んでいて、やはりこの人は詩人なんだなあ、と思うところがあった。「オグリ」という章で日本の物語はくそまじめでおもしろくないと言うアーロンに「小栗判官」を語って聞かせるのだがなんかそこでの言葉の選び方がとてもよかった。慎重で丁寧でそれでいてリズムがあって。こんな風に人に物語を語ってもらえたらいいなあと思いました。
それで彼女の詩に俄然興味が出てきたのだけれど詩集って、時間的にも精神的にも余裕がないとなかなか手に取る気がしない。ので読むのはいつになることやら。
最後にとっても細かいことなんだけれど、この本って最後に白紙が6ページもある。四六判の本だったら大抵ページ数は16の倍数で、これは紙取りの都合なんだけれど、そのせいでこんな白紙が出たりするわけ。でも例えば本扉をつけるとか、なんとかして帳じりを合わせようとするもんなんだけれど……。