『海に住む少女』シュペルヴィエル

L’ENFANT DE LA HAUTE MER by Jules Supervielle/永田千奈=訳

「海に住む少女」の大海原に浮かんでは消える町。「飼葉桶を囲む牛とロバ」では、イエス誕生に立ち合った牛の、美しい自己犠牲が語られる。不条理な世界の中で必死に生きるものたちが生み出した、ユニークな短編の数々。時代が変わり、国が違っても、ひとの寂しさは変わらない。─カバー表4より
ISBN-4334751113
2006年10月
光文社古典新訳文庫
476円+税
192頁/文庫判並製
=望月通陽
装幀=木佐塔一郎
『カラマーゾフの兄弟』で一躍有名になった光文社古典新訳文庫。その中からこれを選んだのは、去年の終わり、朝日新聞で「書評委員のお薦め『今年の3点』」という記事があって、その中で詩人の小池昌代さんが挙げていたから。

「古典新訳」と言うからには、誰もが知っているけれどもなんか古くさいような取っ付きにくいような気がして最近は読まれていなかった本を新訳で紹介するものだと思っていたのだが、実は私はこの作品も、いやこの作家すらも知らなかった。知らない作家だから新訳でどう変わったのかは判断できないが、別に研究のために読むのではないし、新訳で楽しめればそれはそれでいい。
解説を読むとウルグアイ生まれ、しかし両親はフランス人。その両親とともに生後8ヶ月でフランスを訪れるのだが、なんと直後に鉱毒の混ざった水道水を飲んだせいで両親は相次いで死んでしまう。その後の彼はフランスとウルグアイとを行ったり来たり。小説もびっくりな人生だ。

この本は短編集で、最初の表題作を読んだとたんにすっかり虜になってしまう。美しくて寂しくて、不思議な話。私が生まれる前に亡くなっている人が書いたものだというのに全く古さを感じさせない。古典新訳文庫に入っていなかったら最近の本だと思うだろう。その後の短編たちもどれもすてきで、ひとつずつ大事に読みたい本。

著者の略歴を読んだのは短編たちを読み終わってからなのだけれども、ああ、この不条理な、しかし「こういうこともあるな」と納得させられてしまうような決して居心地の悪くない感じは南米の作家っぽいなあ、と思った。けれどむせるような匂いもない、すっきりと洗練された感じはフランスっぽいのだろう。視線が漂うような、体が軽くなるような感じ。解説で訳者が書いているように
そこには、ひとつの世界に拘泥する人には見えない、もうひとつの世界が広がる
のだ。
著者は作家であると同時に詩人でもあるらしい(詩王の称号を受けている)。ああ、この人の詩の世界の中で漂いたいなあ。日本でも多数の訳書が出ているようだがその多くが絶版であるらしいけど。

追記:ちょっと検索してみたところ、フランス語のわかる人の中にはこの本の訳はひどいという意見もあるようだ。詩人でもある人だからきっと言葉の選び方や使い方にはこだわりがあるだろうし、翻訳次第でがらりと変わってしまうかと。
けれど手に取りやすいこの本のおかげで、私もそうだが今までシュペルヴィエルを知らなかった人が知るきっかけとなり、ほかの本も読みたいと思う。そうやって間口を広げることがこのシリーズの役割なのではないかと。そこから奥に入った人にだけわかる世界もあってもいいはず。

about book design...
光文社古典新訳文庫で印象的なのはなんと言っても望月通陽さんの装画。とっつきにくかった古典文学に手を出す気になれるのはこの装画の力も大きいと思う。カバー2色のせいか価格も抑えられているのもこのシリーズの目的に合っているよね。丁寧な解説も嬉しくて、もっとこの文庫を色々読みたくなった。
本文はリュウミン。

最終更新日時:2008年05月27日11:39:06
2008年05月27日(火)11:10 by PINO - Category: bookguide
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