ISBN-4166603051
2003年2月
文藝春秋
720円+税
256頁/新書
これまた
EMYさんの書評をきっかけに。新書の棚なんて行かないので、書評を読まなかったら絶対に手に取らなかったと思います、ありがとう。
旅をした人は語りたくなるものである。ネットにもものすごい数の旅行記サイトがあるし(実は私も書いてますが)、しかしそういった誤字や間違いがあろうとも本人さえよければ公開できてしまうものと違って、本というのは編集者なり何人もの人が目を通した後でしか出てこないものなのだからレベルも高いはず……なのだが。そうともいえないらしい。
一番に取り上げられている『
戦後の世界を飛ぶ』は著者が持っている中で戦後一番古い旅行記であるのだけれども、この本はなんと「行っていない」のだ! いや一応海外には行ってはいるのだが、訪れていない国のことまで書かれているのである。
けれどそもそも人はなぜ旅行記を読むかと言うと。
1これから自分が行く国に行ったことのある人の話を読んで参考にする
2自分が行ったことのある国について書かれたものを読んで懐かしむ
3単なる読み物として
で、3の場合、自分には絶対できないような体験が書かれていたり、はたまたぜひそこに行ってみたいと思わせたら旅行記として成功なのではないだろうか。そう考えると現代においてはトンデモ本であっても個人が海外に行くのがほとんど不可能だった時代においては十分存在意義のある本なのだろう。
と、まあそんな個別の本の解説は著者に任せておけばいいのだが。
取り上げられている本は時代順、目的別に並べられているが、古いものほど面白そうだ(といっても取り上げられていない駄本もあるんだろうが)。簡単には海外に行けない時代、行くからにはガツガツといろんなものを見ようとしている。現代の「休みが取れたからどこか行くか」ってのとは姿勢が違うのである。そのかわり昔は『
マダム・商社』のように持ち物をずらずらと1ページ以上並べただけでも成り立つのだが、現代ではもちろんそんな本は通用せず。しかしこの内容、ものすごく昔に書かれたもののような錯覚を起こすが1985年。日本人の海外旅行感はものすごい勢いで変化していったのだな、ということを実感する。
ちなみに残っていく旅行記というのは。
(前略)旅行記を数多く読んでいくと、「どこで何をしたか」というのはたいして重要ではなく、どんな文章で表現しているかがもっとも重要だとあらためて思う。
扱う地域にもよるが、五年前の旅行ガイドブックは記述が古くて使い物にならないが、二〇年もたつと当時のようすを伝える貴重な資料になる。資料として使えるかどうかは、生活により近いことを書いているかどうかで決まる。政治や経済のことはまとまった資料として残りうるが、生活に近い事柄や時代の気分は、資料として残ることは少ない。
面白そうな本が次々出てきて、「読みたい本リスト」がますます長くなったのでありました。1冊減って、10冊増える、みたいな。
about bookdesign...
新書ってとても久しぶりに読んだのだが、行間がものすごく狭いのね、結構辛い。単行本にして、それぞれの書影など入れたらもっととっつきやすい本になるような。ってそれなりに値段も上がりますが。でも旅行記という分野の本を追っていくことで、日本人の旅行感や経済状態等のわかるこの本、単行本用にまとめ直したらきっと面白いと思うんだけど。