ISBN-4896420748
2000年3月
未知谷
1600円+税
128頁/四六上製丸背
装画・挿画=戸村茂樹
行きつけの図書館には“ジュニア”というコーナーがあるのだが、そこにある本はどれも誰も読んでいないかのようにきれいだ。なんて書くと「今の子は本を読まないのね」なんて嘆かれるかもしれないがちょっと違う。もっと小さい、小学生向けの本たちは読まれていて、この“ジュニア”の棚はもっと大きい、中高生向けかと思われるのだけれども、自分のその頃を思い返してみると。背伸びしたい年頃、大人と同じ書架から本を選んでいたでしょう? 日常的に本を読む子どもはそんなところには寄りつかない。そこで本を選ぶのは、本をまったく読まないわが子に何か見つけなくては、という親ぐらいじゃないかしら。しかもね、どういう基準でこの棚に本を入れているのかがよくわからない。前に読んだ
『コーヒーの水』など絶対にジュニア向けじゃあないでしょう。返却する時に言ったせいかもうジュニアの棚にはなかったけどさ。
前置きが長くなったけれども、本書もそのジュニアの棚にあった。ドイツ児童文学賞受賞作なのでそれもアリかなとも思うけれども、大人が読んでも十分に面白い、というか歳を重ねるにつれていろんな読み方ができそうな本。
7つの話からなる短編集で、原題は『子ども物語』の意。だからといって子どもはほとんど出てこない。解説によるとこのタイトル自体一つの謎かけのようだ。
『テーブルはテーブル』も一つの短編の題名で。テーブルをテーブルと呼ぶことをやめた老人の話なのだが、これは奇妙な行動をする人の可笑しい話とも読めるし、孤独な寂しい話とも読める。私はこれは痴呆の話なのではないか、という気もする。単調な生活にちょっとだけの変化を求めたがために人と話が通じなくなる。本人の中ではつじつまがあっているというのに。
私が一番気に入った話は『発明家』だ。それは以下のような文章で始まる。
発明家というのは勉強してなれる職業ではありません。そんなわけで発明家はめったにいるものではありません。今日では、もうまったくいなくなってしまいました。今日では、ものはもう発明家によって発明されることはなく、エンジニアや技術者によって、それから機械工によって発明されます。また家具職人による場合もあれば、建築家やれんが積み職人の手になることもあります。でもたいていの人は何も発明しません。
どの短編もこんな感じの語り口で、簡単な言葉からで来ている。で、その言葉が簡単だからこそ、幾通りにも読めてしまうし、もしかしたらそんなものはないかもしれないのに裏側まで探りたくなってしまうのだよ。
どの短編よりも長い解説によると、著者はこう述べているらしい。
内容ではなく、物語ることが、文学の目的なのです
とすると著者は、あえて皮肉な読み方をしようとする読者を笑っているかもしれないな。
about bookdesign...
この出版社の他の本を知らないが、装幀にお金をかけたくない、ということだけはよくわかる。コート紙に2色刷(アマゾンの書影だと版画の部分に色が入っているように見えるけれども、実際はモノクロ)、マットPPがけ。内容や著者に関して何の知識もない人がこのカバーを見ても絶対に手に取らないような。ひとたび読み始めれば不思議な魅力のある本なのに、これではもったいないよ。
あと別丁扉、活版っぽいのだがなぜか欧文が上下逆さまになっているのは……間違えたわけじゃないよね?