ISBN-4163163107
1996年/文藝春秋
1165円+税
装幀:中島かほる
装画:望月通陽
柳美里の本を読むのは実は初めて。作品について知る前に先に彼女自身についての情報があまりに入ってきてしまったせいかもしれません。自殺マニア、不倫、親との不仲……なんかどれもケッという感じだった。だいたい作家がそこまで自分を出してくるなよ。本書も口絵に篠山紀信によるポートレートがあるけれど、これまたケッという感じ。
高校で図書館司書をしている知人Z嬢が以前「この人って典型的ないじめられっ子の顔をしている」と言っていたけれど、確かにそんな気もする。
と、まあ敬遠していたのだけれども、買わないような本を読めるのが図書館のいいところ。最初にこれを選んだのは、たまたまこれしかなかったから。人気あるんですねえ。
で、読んでみる。「フルハウス」と「もやし」の2編。「フルハウス」は例の、お父さんが勝手に家を建てて、そうすれば家族が一緒に暮らすと思っているという、柳の家の話。読んでいないけれど『
家族シネマ』もこのネタなんですよね? 私生活をネタにする作家はたくさんいるし、別にそれは悪くない。宮尾登美子の女衒の話なんて、部外者には書けないし、先月読んだ伊藤比呂美も然り。でも伊藤の家が、「子どもたちはどうなったんだろうか」とか心配になってその後を読んでほっとしたりするのに対し、柳の家は「もう、その件はいいよ」という気分になってしまう。
言葉の使い方もなんかうっとうしい。「胡乱に思う」なんて普通使うか? でもこのいちいち気に入らなく思ってしまうところが、Z嬢の言ういじめられっ子の要素なのか?
「もやし」の方は不倫物。で、また著者の話か?と思ってしまう。これがまた、不倫、おかしくなった妻、世間体を気にする姑、見合いの相手は精神薄弱のマザコン、その母は占いを信じ……とよくもまあ不快になるようなものをこんなに集めてきたな、という感じ。小説がエンターテインメントだとしたら、こんな不快なものはイヤだな私は。
と、初めての柳美里は気に入らなかったのだけれど、作家を評価するには最低でも2冊は読むようにしているので(それで山田邦子も横森理香も2冊ずつ読んだ、2冊読んでも評価は変わらず)……でもすぐ次を読む気にはちょっとなれません。またいずれ。
そういえば最近週間ポストで、「妊娠実況中継」みたいなことをやってますが……またまたケッ。