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主な登場人物

一人でツアーに参加する人同士はおのずと仲よくなる。それはフリータイム対策でもあり、写真を交換するためでもあり(どうしても自分が写っている写真が少なくなるからね)。それで親しい友達ができる場合もあれば、煩わしいだけのこともあるのだけれど…。カタコトなれどスペイン語のできる私は今回はちょっとあてにされて面倒なこともあったし。
ツアーで一番多いのは2人組。常にベッタリ2人で行動して他の人とはほとんど喋らないってタイプと、そうでないタイプがいるのだが、今回はほとんど前者のタイプ。グァテマラ旅行の時は名簿がもらえた(勿論希望しない人は住所や電話番号を載せないこともできる)し、後で行ったスイスでは初日のランチの時に自己紹介大会があったりしたのだけれど、このときは何もないから個人的にきいた人以外は名前も連絡先もわからないまま。今となってはメンバー全員を思いだすことはできないけれど、覚えている人だけでも紹介。

添乗員氏
30代くらいの男性。ここの添乗員は社員ではなくフリーの添乗員らしい。月の半分も日本にいないから国民年金など払ってないと言っていた、イカンね。余計なこと(お客さんと親睦を深めるとか)はいっさいしないが、チェックインなどはさすがに慣れたものだった
K嬢
40前後くらいの図書館司書。彼女も追加料金の安さに魅かれて一人部屋
M嬢
30代くらいの美人。保険外交員。しかしツアーに参加すると保険外交員に遭遇することが多いね。休みがとりやすいのか?
Wさん
60代くらいの女性。もう子どもも自立したので旅行三昧の日々だとか
アフリカ君
20代男性。名前を忘れてしまったのだが、アフリカ旅行をしたときに行きのトランジットで荷物をなくし、見つかったのは最終日だとか、で命名
ジャパニッシュ氏
年配男性。仕事で中南米に住んだことがあるとか。しかし私のも人のことはいえないスパングリッシュだが、彼のはすごいジャパニッシュ(そんな言葉あるのか? それともスパニーズ?)
看護婦さんコンビ
20代女性二人組。なぜかツアーでは看護婦さん二人組も多い
代理店コンビ
30代女性二人組。確認したわけではないのだが、話の内容からするとどうも広告代理店勤務っぽい。衣類現地調達主義なのか、日に日に服装がすごいことに
旅行命コンビ
20代女性二人組。旅行命!なお二人は、バイトでお金を貯めては旅行をし、という暮らしをしているのだそう。
まだほかにもいたかも知れないけれど思い出せない。ちなみに私の年齢を見る目はかなりアヤシイ。
ともかく、ここまではまだプロローグ、いよいよ出発!
2002年07月25日(木)17:01 PINO - No comments - No TrackbacksTrackBack用URLTrackBackフォーム
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スケジュール

グアテマラ旅行記が頓挫してしまった理由のひとつはガイドブックが行方不明になってしまったことである。まあ図書館で借りてくればいいんだけど。
そしてペルーはガイドブックはあるのだけれども今度は旅のしおりがない。旅行者からもらうしおりをいつもとっておくのだけれどなぜかこれだけ見当たらず。捨てるわけはないと思うので度重なる引っ越しでどこかに紛れ込んでしまったのだろうけれど。
見つかるのを待っていたらとみさんの出発に間に合わん。なので手帳を便りに書くので細かいところがわからない。見つかったら直すとしてとりあえず。

1994.9.12(水)
19:00
成田発 ヴァリグブラジル航空 VRG833
14:30
ロサンゼルス
1994.9.13(木)
0:10
リマ着/宿泊 Shelaton Hotel
11:00
リマ市内観光(アルマス広場、大統領府、カテドラル、天野美術館、国立人類学考古学博物館)
18:00
ホテル着
1994.9.14(金)
8:15
リマ空港発イカへ、イカからナスカへ(イカミイラ博物館、地上絵)
午後
ホテル着
1994.9.15(土)
6:00
リマ空港発、クスコ
午後
クスコ市内観光(アルマス広場、ラ・コンパーニャ・ヘスス、コリカンチャ、サクサイワマン、ケンコー、タンボマチャイ)/宿泊 Hotel Savoy
1994.9.16(日)
5:45
ホテル発、オリャンタイタンボ駅よりマチュピチュへ
ホテル着
1994.9.17(月)
7:15
ホテル発、クスコ駅よりラ・ラヤ経由でプーノ
プーノ着/宿泊 Turistas Isla Esteves
1994.9.18(火)
チチカカ湖観光(ウロス島)
午後
クティンボ遺跡観光
ホテル着
1994.9.19(水)
8:00
ホテル発、シユスターニ遺跡観光
フリアカ空港よりFaucette航空C267、アレキパ経由でリマへ/Shelaton Hotel
22:45
ホテル発、リマ空港へ
1994.9.20(木)
2:00
リマ発ヴァリグブラジル航空 VRG832
7:15
ロサンゼルス
8:50
ロサンゼルス
1994.9.21(金)
13:30
成田
驚くべきは出発時間の早さだね。ツアーでは7時台っていうのはよくあることだけれど、5時台っていうのはちょっとしんどい。しかしそんなに早く出ても時間通りに着かないのが中南米の常。
2002年07月25日(木)14:20 PINO - No comments - No TrackbacksTrackBack用URLTrackBackフォーム
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イントロダクション

入社3年目にして会社を辞めた。新たな勤務先は決まっていたはずが……引き継ぎに、というか引き継ぐ人がいないままプロジェクトが終わるまで付き合うことになってしまい、辞めるのに半年もかかってしまった。当然行き先はそんなにも待ってはくれず、プータローに。
しかしそんなことでメゲてはいない。せっかくヒマがあるのだから、と旅行に行くことに。
こんなに時間があるのだから行き先は中南米以外考えられない。で、いろいろ考えてペルーに。しかし何せ半年ちょい前にグァテマラに行ったばかりだし、しばらく入金の予定はないし、で普段なら旅行に行くときは金に糸目をつけず、の私もさすがに弱気になって、検討した中では安かったブラジル旅行社のツアーに。本当は前回と同じユーラシア旅行社のツアーに行きたかったのだが……何せ高かった。でもその値段の違いは帰国後もう一度日程表を比べて、納得、だったのだけど。
ブラジル旅行社の良い点は、ツアー全体の価格だけでなく、一人部屋追加料金の安かったこと。前回のグァテマラ旅行では申し込みが間際過ぎて一人部屋にせざるを得なかったのだけれど、(いずれグァテマラ旅行記にも出てきますが)ツアーの後半、いろんな人に同室者への愚痴を聞かされる羽目になり「旅行は一人部屋に限る!」と思い知った私には都合が良かった。
ヒマだったので郵送せずに直接申し込みに行った。旅行社は小汚いビルの小汚い一室で、半数ぐらいは南米の人だったし。その雰囲気には圧倒されたのだけれど…今ではもっときれいなところに移っているかもしれないが。
2002年07月25日(木)12:42 PINO - No comments - No TrackbacksTrackBack用URLTrackBackフォーム
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