1994.9.14(金)
8:15
リマ空港発イカへ、イカからナスカへ(イカミイラ博物館、地上絵)
午後
ホテル着
ペルーに行くと言うと十人中十人が「ナスカの地上絵を見るの?」ときくくらい、ペルーといえば地上絵、なのだろう。その割にはオプションになっているツアーも多いのだけれどね。
ホテルでバイキングの朝食を食べ(サツマイモが激ウマ)バスでリマ空港へ。小型機でイカに向かう。イカから今度は5人乗りのセスナでナスカへ。
ツアー旅行でいつも自分の不器用さを実感してしまうのがこういう時。同じツアーのメンバーなのだからお仲間、とどうも押しのけて行動することが出来ない。その最たるものが後にスイスに行ったときの氷河特急で、皆2人参加なのだから当然窓側と通路側に並んで座るのだろうとのんびり乗車したら、先に乗った人たちは皆窓側に座っていた…。
ここでもダッシュでセスナに向かう人々に圧倒されて気づくとビリだ。同じセスナが行ったり来たりするわけだから数十分(多分)砂漠の中でボケーっと待っていなければならぬ。すると空港にいたスタッフがミイラ博物館に行こうというので連れていってもらうことに。
●ミイラ博物館のミイラ。
こんな感じに座っているものが多い。
ミイラときいて普通想像されるのは、布で巻かれて手をかけて作られたエジプトのそれだろう。でも中南米のミイラは「放っておいたら出来ちゃった」みたいな感じのものである。前にテレビで見たのは確かメキシコだったと思うのだけれど、墓地の使用料が払えなくなると掘り出されてミイラ博物館に入れられちゃう、なんてことがあるらしい。掘り返している人は手袋すらしてないし、博物館の前の道ではべっ甲飴のような「ミイラ飴」が売られていたりして、死は決して恐ろしいものではないのだ。
ここのミイラもあっけらかんとした感じで、一応ガラスケースに入っていたりしても扉が開けっ放しだったりするものだから、風が吹いたりすると粉末がハラハラと……。きっと吸い込んでしまったに違いない。
ミイラの他には頭蓋骨がたくさん。細長く変形させた頭が美しいとされた長頭族についてはきいてはいたけれども、その長いことといったら想像以上。他にも脳外科手術の痕とされる穴のあいた頭蓋骨も。「ほら、こうやって成長した骨の跡があるから、穴があいても生きてたんだよ」なんて説明しながら頭蓋骨を手渡そうとされるが……遠慮しておいた。
ちなみに3機目のセスナに乗った我々と、1機目に乗った面々はミイラ博物館に行けたのだが、2機目の人々は行かれなかったようで。何事もとても要領良くするか、残り物を狙うかで、中途半端はダメらしい。
そしてお待ちかねの地上絵。パイロットがスパングリッシュで説明してくれるけれど、騒音で聞き取りにくいし、最初は「え? どれ?」って感じ。それでもひとつわかると次々見えてくるから面白い。確かにすごいのだけれど、でも「テレビの通り」という感じなのだなあ。地上絵よりもまわりの砂漠に圧倒された。
普通飛行機ってもんは水平に飛ぶのだが、それでは下にある地上絵は見えないわけで。で、どうするかというと、まず右に傾いて右側の席の人に見せ、次に左に傾いて左の席の人、という感じで交互に傾きながら飛ぶわけである。ツアーの中にはまだ時差ボケから復活できずに寝不足の人もいるからね、すっかり酔ってしまいとてもじゃないけど窓の外なんて見られなかった、なんて人も数人。
昼食は
Hotel Las Dunas のレストラン。プールやジムもあり、なによりも庭がとてもきれいなホテル。白いコテージタイプで白い壁に木々の緑や色とりどりの花がよく映えていた。ここに泊まりたかったなあ。昼食のメニューは
・サラダバー
・グリルドポーク、アップルソース
・スイカ 等
ちなみに夕食は宿泊しているホテルのレストランで
・サラダ
・チキン、キノコソース
・ライス
・ケーキ 等
夕食後は部屋でポストカード書き。グァテマラ旅行で一緒だったK氏、「お土産はいらんから葉書ちょうだい」と言っていた編集者K嬢、などなど。しかし切手がなんとも地味である(ここで写真を載せたいところだが、切手とかっていけないんだよね確か)。1色刷りの切手なんて日本じゃ信じられないよ。おまけに糊が全く効かないし(0.5 Sol)。1.5 Sol切手の方は裏がシールになっていたけど。でも日本までたった 2 Sol(約2円)という安さは素晴らしい。そうそう、当時は1 Sol =約1円だったから計算がラクだったね。けれど Sol の他に Intis という旧通貨も流通していて、こちらは再両替できないから、旅の後半にお釣りでもらっちゃったりするとショックなのである。今はもうそんなことはないかな。
1994.9.13(木)
0:10
リマ着/宿泊 Shelaton Hotel
11:00
リマ市内観光(アルマス広場、大統領府、カテドラル、天野美術館、国立人類学考古学博物館)
18:00
ホテル着
ツアーが決まったとき「直行便だ、よかった!」と思った。日本からの直行便は週に1便のこれしかないからである。しかしリマに着くのは夜0:10。それからホテルに行って、荷物を片づけたりシャワーを浴びたりしたら寝るのは結構な時間だ。当然翌朝から観光だし。つくづく一人部屋で良かったよ。相部屋だったら散らかしっぱなしで寝るわけにもいかないし、シャワーの順番もあるし。もしかすると直行便じゃないほうが楽な場合もあるのかもしれん。
19時間30分のフライトの末、リマに到着。ここで降りない人はサンパオロやリオデジャネイロまで行くのだ、先は長い。
リマは霧雨が降っていた。長袖綿麻シャツ+カルソン(当時はこんなモンが流行っていたのだな)なんて格好で残暑の日本を出発したのだが、それじゃあ肌寒い。
ともかく朝に備えてさっさと寝よう(といっても飛行機でもじゅうぶん寝ているし、時差ボケってしたことないのだが)。
さすがに翌朝は11時集合、と遅めである。ホテルでバイキングの朝食を食べ、時間があるので少し街を歩く。露店が出ていて食べ物の屋台もいっぱい。
「セビーチェを食べていけ」と声をかけられ、
「朝ごはんを食べたばかりだからいらない」と言うと
「リマに来てうちのセビーチェを食べないんじゃダメだ、ほんの少しでも食べていけ」とご馳走になってしまった。ちなみにセビーチェは白身魚のマリネみたいな料理だが、マリネ液が独特なので好き好きだけれども、酸っぱいもの好きな私は結構気に入った。そうこうしていると周りの屋台の人からもやれ花をやろう、コカの葉を噛め、などといろいろもらう羽目に。揚げ句には昔のコインまでもらってしまったよ。
ホテルのロビーに戻ると、集合時間までまだあるのにもう全員集合していた、ごめんなさい。ツアーには添乗員がつくのだけれども、それ以外に現地ガイド(キンジョー・トラベル・サービス、日系人がやっている会社なので皆日本語ペラペラだ)もつき、この日は小柄なおばさん。私の荷物(花とか)を見て、どうしたのかきくので市場でもらったと答えると、一人でふらふらするなと怒られた、ごめんなさい。きいてみるともらったコインはこちらの人がお守りにするものらしい。
この日は一日市内観光。先にお断りしておくが、旅のしおりに続いて写真の1本目も行方不明なことが判明。引っ越しの達人だから物がなくなることなんてほとんどないのだけれど、今回の引っ越しはあまりに強行突破だったからなあ(2カ所分の荷物を運ぶ、しかも荷造りから始めて1日で)…見つかったらまた写真をアップするけれども、写真がないとどうも記憶があいまいだったりして。加えて今回やけに写真がアンダー気味。なのであまり期待せずに。
まず午前中にアルマス広場、大統領府、カテドラルなど。驚いたのが、道路を清掃しているのだけれど、そ、それは血ではないか! なんと銀行強盗があったらしい、犯人は全員射殺。
海外旅行でほとんどお土産を買わない私だけれど、ここで珍しく自分のものを買ってしまった。アルパカ製品の店Mon Reposでアルパカのマントを購入。145ドル。写真を撮られてお店に飾る、なんて言っていたが本当だろうか? ちなみにこのマント、軽くて暖かいので帰国後、結構着た。がこういうのが似合うのは若いうちだけである。今着ると毛布かぶってるみたいになるのでお蔵入りに。
●ニットの帽子(ワリ文化)
色鮮やかで今でも被れそう
●レース編み(チャンカイ文化)
こんな細い糸まできれいに残っているなんて
●ピーナツの土器(モチェ文化)
なんともリアル
●土器(チャンカイ文化)
斬新なデザイン。人物はコミカル
写真提供=天野美術館
ここで昼食。レストラン La Rosa Nauticaにて。ここは海の上に建っていて橋を渡って店に入る。残念ながら天気が今一つだったのだけれど、晴れていたらきっと素晴らしい眺めだったろう。全体に味もまあまあ。メニューは
・ウェルカムドリンク(ピスコサワー)/ちょっと甘めだがおいしい
・アスパラのポタージュ or 帆立のグリル/ポタージュをチョイス
・シーバス(スズキの仲間)のグリル、温野菜添え
・白ワイン
・デザート(アイスクリームのクレープ巻、カラメルソース)
・コーヒー
食後も市内観光は続く。リマにはたくさんの博物館があるのだが、その中から天野博物館と国立人類学考古学博物館へ。
規模として大きいのは国立人類学考古学博物館だろう。特に土器のコレクションがすごい。文字を持たなかったインカは何でも土器で表現していた。その土器がテーマごとに展示されている。人の顔のコーナーには喜怒哀楽、そしていろんな人種が。病気のコーナーもあり、盲人、兎口、足の病気…痔なんてのもある。手術や出産など本当に何でもアリだ。宇宙人のように見えるものもあり、これがナスカの地上絵=UFOの発着基地説につながったのだなきっと。
しかし私は小さくても天野博物館の方が好きだよ。リマ名誉市民でもある故天野芳太郎氏のコレクションなのだが、天野氏の奥様が案内して下さった。とても品のいい素敵な方なのだが…まだお元気でいらっしゃるのだろうか。日本語による丁寧な説明、何より驚いたのが実際に土器にさわれること! よく乾燥しているせいか意外に軽かった。
土器も驚いたが、織物も素晴らしい。雨が降らないせいで保存状態がとても良く、まるで新しいもののようにきれいに残っている。レース編みには感動だ。
ほかにもやはり保存状態の良い木製品や、0.1mmの穴を開けて繋いだビーズなど見るものがいっぱい。
なんと入場料は無料。そのためポストカードなどを買って協力。右にその中からいくつかを紹介。
夕食はホテルにて。メニューは
・野菜のポタージュ
・牛肉の細切りと野菜の炒め、ライス添え
・フルーツ
・コーヒー
明日はツアー前半の見どころ、ナスカの地上絵へ。
H・O・T・E・L
Shelaton Hotel
Paseo de la Republica 170, Lima 014-33-6358
5つ星だしシェラトンだし、で結構期待していたのだが、普通のホテルであった。グァテマラだと5つ星ならお姫さま気分のホテルだったのだけれど。
1994.9.12(水)
19:00
成田発 ヴァリグブラジル航空 VRG833
14:30
ロサンゼルス着
旅行初日はひたすら機上の人。残念なことに席は3列の通路側。トイレが遠い(これは旅行に便利と思っていたけれど、エコノミー症候群に気をつけねば。当時はそんな言葉はなかったが)私としては外が見える窓側がよかったからがっかりだ。見えないなら仕方ない、人間観察に励もう。
中南米美人国3C(チリ、コロンビア、コスタリカ)というけれど、ブラジルだって負けてはいないと思う。カタログの仕事をしていたときに外国人モデルを使うことも多かったのだが、ブラジル人が結構いた。機内にはブラジル人も多くて(南米人の国籍が区別できるほど通ではないが、ブラジルだけはポルトガル語だからわかるのだ)前の席にもブラジル美人が。と思ったら、時々離れた席からやって来るその友達っぽい人がものすごくかわいい。明るい茶色の髪にキリリろした眉。ナスターシャ・キンスキー似の美女で思わず目で追ってしまう。しかしこんなことをわざわざ手帳に書き留めている私はオヤジか?
成田を出てすぐに1回目の機内食(夕食)。
蕎麦、寿司、パン、ステーキ温野菜添えetc…と和洋折衷の極致のようなメニュー。
2回目(朝食)。
ハムいろいろ、パン2種、チーズ、フルーツ、シリアルバーetc。
ロサンゼルス経由後3回目(昼食)。
ポークピカタ・ヌードル&温野菜添え、ハムいろいろ、キノコサラダ、パン、クリームチーズ、タルト、クラッカー。
機内食は全般にまあまあ。特にポークがおいしかった。あとハムの中にレバーが入っているような独特なものがあったのだけれど、これはどこで買えるのか知りたいほど。
しかしおいしいのはいいのだが、とにかく量が多い。食べ物は残さない主義の私でもこれは食べきれない。
4回目(夕食)。
カナッペみたいなもの(ハム、サラミ、チーズ&オリーブ)、ケーキ、クッキー。
なんかだんだんナゾの食事になっていくんですけど。
隣の席は看護婦コンビで、ずっと医者の悪口など言っているものだからあまり話はせず。食べてるときと美人を見ているとき以外はほとんど寝ていたらしい。ワゴンでやってきて注文するカクテルをその場で作ってくれるサービスがあったのだが、目を覚ましたら通りすぎた後だった、ガッカリ。
日付が変わるといよいよペルー到着!