ISBN4-15-207749-2
1992年/早川書房
1553円+税
224頁
装幀:高木桜子
予告通り読みました『第三の嘘』。そして……うーん、ネタバレなしでは語れないので〈
以下『悪童日記』『ふたりの証拠』『第三の嘘』のネタバレ注意〉『悪童日記』を読むときは、あの淡々とした語り口に追い立てられるように一気に読んでしまった。あの文体には有無を言わせないような強さがあった。そしてあのラストにはそれまでぐいぐいと引っ張られていたのに、突然その手を離されて放り出されたような、呆然とする感じがあった。で、当然『ふたりの証拠』では離れ離れになった二人のそれぞれの日記なのだろうと思った。しかし実際は日記ではなかったし、二人の片割れ、リュカ(という名前もここで初めて知るのだけれど)の話ばかり。だいぶ普通の話になったなとちょっとガッカリもするのだけれどまたしても最後になって衝撃を受けることになる。それは今まで読んだすべてを覆すようなものであった。『悪童日記』を読んだときは、続きは読みたいけれど、でも読まなくてもいいような気もした。けれど『ふたりの証拠』を読んだら続きを読まないわけには行かないのである。で『第三の嘘』を読み始めたのだがまだ『ふたりの証拠』の最後の、すべてが嘘だったかもしれないということが信じられずにいる。すべてがクラウスが書き上げた嘘だったと。それならリュカはどこにいる?そしてリュカが身分証明書を手に入れに行く話を思い出す。それにもかかわらずリュカの存在証明がないということはそもそもリュカの存在自体がクラウスの嘘だったのか、と。そんな疑問だらけの頭で読むから、なかなかうまく理解できない。それが途中でふいにすべてがつながる瞬間がある。でもその後は辛く悲しい。まさに知らないほうがいいことを知ってしまった感じである。ベストセラー『悪童日記』を読んだ人のうち何人がその後の物語を読んだだろうか。続きを読もうとする熱烈なファンだけをこのような辛い世界に陥れるのだからなんと恐ろしい作家でしょう。恐ろしいといえば、『悪童日記』が86年で『第三の嘘』が91年だから5年も先に種明かしをするつもりでこのような恐ろしい嘘の物語を書いていたのかと思うと背筋が寒くなる。が、訳者後書きを読むとどうも最初からこんな壮大な嘘をつくつもりで書いていたわけではないらしい。しかし、そのつもりがなくてこんなにつじつまの合うような嘘がつけるものだろうか? もしかすると、この『第三の嘘』ですべての謎が解けたような気がしているけれども、本当はこれもまた嘘なのかもしれない。なんとも油断のならない作家である。
ところで、この本(『ふたりの証拠』も)カバーのどこにも『悪童日記』の続編であることが書いていないのだけれど、それってまずくない? 知らずに続編から読み始めてしまったら、なんだかわけがわからないと思う。きっと帯には書いてあったのだろうけれど。
読み終わってもう一度『悪童日記』から読み直したらまた面白いと思う。これ並製でもっとシンプルなカバーで三冊セットにしてくれたら絶対買うのに。早川書房じゃ無理か?
ISBN4-10-307706-9
1994年/新潮社
176頁
装幀:新潮社装幀室
幸田文はご存知幸田露伴のお嬢さんで、この本の初出はなんと昭和34年の「
婦人画報」。でも全然古くさくない。著者が動物園やら競馬場やらに行き、見たこと、聞いたことを書いているのだけれど、和服を着たちょっと場違いにもみえるおばあさんが、目を真ん丸にしてちょこまかと動物の周りを動き回るさまが想像できておかしい。土門拳撮影の迫力ある動物写真も添えられています。
で、ちょっとおこがましいのですが、うちの母に似てる、と思いました。彼女ももう還暦を過ぎているくせに、好奇心の固まりのような人でなんともまあちょこまかとよく動く。動物園なぞに連れていった日には、あれ?いない、と思うと、小柄なのをいかして人込みをくぐり抜け、小学生に混じって最前列で見ている、という具合。飼育係の方が説明でもしてくれようものなら、またしても一番近くまで行って、頷きながらじっと見つめたりするものだから、説明するほうも適当に切り上げるわけにもいかず、長話になってしまいます。幸田さんに話をする飼育係の人もきっとそんな感じに違いないと、なんか可笑しくなってしまいました。
動物園を維持していくのってものすごくお金がかかりそうですが、それがあんなに安い入園料で見られるのだから、すごいことです。久しぶりに行きたくなりました。この連休中に行かれた方もいるのではないかしら。
大学時代の友人I嬢が「動物園なんてあんなむごいものは見ていられない」と言っていて、檻に入れられた動物たちがかわいそうだなんてそれまで考えたこともなかった私は自分の感受性のなさに愕然としたのだけれど、でも動物園の動物が不幸かどうかなんてわからない。そこでしか生きられない動物もたくさんいるわけだし、そういう野生でない、本来と違う生活をしているイコール不幸、っていうのも違うんじゃないかと。
動物のテレビ番組が好きでよくみるのだけれど、お正月にパンダの特集をやっていた。パンダは変な動物だ、もしかして滅びたいのではないか、とまで思ってしまう。というのもパンダには受精可能な日が年に二日間しかなくて、普通の動物だったらそれなら必死で相手を探すと思うのだけれど、孤独が好きなパンダは探したりしない。で、やっと子どもが産まれても、ピーピーうるさく泣く子どもにびっくりして逃げてしまったり、なんとか育て始めても、パンダってあの巨体を笹だけで維持するためには一日中食べていないとならないそうで、子どものせいで十分食事がとれないことに怒って途中で捨ててしまったりもするらしい。なので人間が必死になって保護して世話をするわけだけど、人があんなに夢中になるのもあの外見のせいで、もしかすると人に気に入られるためにあんな模様なのでは、とまで思ってしまう。
と、またしても本からどんどん離れていきましたが……ところでこの本、カバーがない、と思ったらどうも箱に入っていたらしい。箱入りの本って図書館に来ると悲しい姿になってしまいます。そして箱は何処に?
ISBN4-15-207729-8
1991年/早川書房
1553円+税
240頁
装幀:高木桜子
同じ作家の2冊目を取り上げるのは難しい、ということを前回書いたばかりなのだけれど、またしても2冊目の作家。でもこれは以前書いた、ご存知『
悪童日記』の続編に当たる本です。『悪童日記』はとても衝撃的で、すぐに続編を読みたい、という気もしたのだけれど、今まで手を出さなかったのは、本にしろ映画にしろ、続編が第一作を超えることはほとんどなく、むしろがっかりさせるようなものが多いので、続編を読むことで、せっかくの気分を台なしにしたくなかったから、という理由もありました。
で、実際読んでみて……やはり一作目にはかなわないと思いました。といっても本書がつまらないわけではなくて、一作目がずば抜けていたのだと思います。「ぼくら」でありながらまるでひとりかのように行動する主人公たち。名前もなく、感情もなく、事実だけが連ねられていく、追いつめるような文章。それが本書では、第三者によって語られ、「ぼくら」にも、周りの人びとにも名前が与えられる。だいぶ普通の小説に近づいた、というのが読みながらの印象でした。それでもラストには「え?どういうこと?」と思うようなことが用意されている。でも、第一作のラストの衝撃にはおぼつかないけれど。
ともかく、この今まで読んできたすべてをひっくり返すかもしれないような終わり方に、これは次の完結編『
第三の嘘』を是が非でも読まなければ、という気持ちを強くするのでした。で、早速借りてきたので、今月中には全三作を読んだ感想をアップできると思いますので、お楽しみに。