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『赤目四十八瀧心中未遂』 車谷長吉

by KURUMATANI Cyokitsu

ISBN-4163174206

1998年/文藝春秋
1619円+税/280頁
装釘:関口聖司
装画:奥村土牛「蓮池」
装釘という表現は初めて見ました。それはおいておいて。
文学賞受賞作って、なんか読んでみるとピンと来ないものが多い。特に直木賞。最近では『鉄道員』。うまく読者を感動させるツボみたいなのを心得ているようだけれど、それが文学としてすぐれているかどうかは別でしょう? それに賞をあげるっていうのもねえ……。
さて本書も直木賞受賞作であります。『いち押しガイド』の去年版で、編集部も含めいろんな人に絶賛されていたので読んでみる気になったのですが、なにせ直木賞が気に入らない。パラパラ中を見てみると、関西弁だし、極道は出てくるしで、『いち押し』がなければ絶対に読まないよな〜と思いながら借りてくる。
が、読んでみると……もうすごいの一言です。ほんとすごいとしか言い様がない。だいたい、タイトルで結末を出しちゃっているのもすごい。この作品において結末は重要ではなくて、そこにひたすら進む流れがすごいというか。流しに落ちた虫はどんなに泳いでも排水溝に流れていくしかないみたいな(作中にはこんな陳腐な比喩はもちろん出てきません、念のため)。文章もすごい。前に読んだ柳美里や同じころに話題になった辻仁成にみられるような、もったいつけてわざと難しい言葉を使っている、という風ではなくて、この人の文章には気迫というか、覚悟のようなものがある。「併し」という表現を多用していて、実は私は最初これが読めなかったのでありますが、これは「しかし」ではダメで「併し」なのだなというのがあるわけ。
すごいというだけで全然説明できていないのですが、とにもかくにもお薦めです。今年の私のいち押し(世の中からは1年遅れか)。
なんか本を選ぶ勘、のようなものを失ってしまったような気がしました。学生のころって、専門書ならいくらでも大学図書館にあるけれども、小説の類いを読もうと思ったら買って読むしかなかった。で、当然お金もないわけだから、書店で迷いに迷って、これだという本を買っていたわけです。社会人になったら、本代なんてそんなに痛くないし、何よりも、暇を潰すための本ならいくらでも会社にあって、あるものを適当に読んでいた、というのがその勘を失わせたのかもしれません。なんか悲しい。
1999年12月14日(火)14:37 PINO - No comments - No TrackbacksTrackBack用URLTrackBackフォーム
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『フルハウス』 柳美里

by YU Miri

ISBN-4163163107

1996年/文藝春秋
1165円+税
装幀:中島かほる
装画:望月通陽
柳美里の本を読むのは実は初めて。作品について知る前に先に彼女自身についての情報があまりに入ってきてしまったせいかもしれません。自殺マニア、不倫、親との不仲……なんかどれもケッという感じだった。だいたい作家がそこまで自分を出してくるなよ。本書も口絵に篠山紀信によるポートレートがあるけれど、これまたケッという感じ。
高校で図書館司書をしている知人Z嬢が以前「この人って典型的ないじめられっ子の顔をしている」と言っていたけれど、確かにそんな気もする。
と、まあ敬遠していたのだけれども、買わないような本を読めるのが図書館のいいところ。最初にこれを選んだのは、たまたまこれしかなかったから。人気あるんですねえ。
で、読んでみる。「フルハウス」と「もやし」の2編。「フルハウス」は例の、お父さんが勝手に家を建てて、そうすれば家族が一緒に暮らすと思っているという、柳の家の話。読んでいないけれど『家族シネマ』もこのネタなんですよね? 私生活をネタにする作家はたくさんいるし、別にそれは悪くない。宮尾登美子の女衒の話なんて、部外者には書けないし、先月読んだ伊藤比呂美も然り。でも伊藤の家が、「子どもたちはどうなったんだろうか」とか心配になってその後を読んでほっとしたりするのに対し、柳の家は「もう、その件はいいよ」という気分になってしまう。
言葉の使い方もなんかうっとうしい。「胡乱に思う」なんて普通使うか? でもこのいちいち気に入らなく思ってしまうところが、Z嬢の言ういじめられっ子の要素なのか?
「もやし」の方は不倫物。で、また著者の話か?と思ってしまう。これがまた、不倫、おかしくなった妻、世間体を気にする姑、見合いの相手は精神薄弱のマザコン、その母は占いを信じ……とよくもまあ不快になるようなものをこんなに集めてきたな、という感じ。小説がエンターテインメントだとしたら、こんな不快なものはイヤだな私は。
と、初めての柳美里は気に入らなかったのだけれど、作家を評価するには最低でも2冊は読むようにしているので(それで山田邦子も横森理香も2冊ずつ読んだ、2冊読んでも評価は変わらず)……でもすぐ次を読む気にはちょっとなれません。またいずれ。
そういえば最近週間ポストで、「妊娠実況中継」みたいなことをやってますが……またまたケッ。
1999年12月14日(火)14:01 PINO - No comments - No TrackbacksTrackBack用URLTrackBackフォーム
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『南国に日は落ちて』 マヌエル・プイグ

Cae La Noche Tropical by Manuel PUIG 野谷文昭=訳

ISBN-4087732584

1996年/集英社
2330円+税
256頁
装幀:菊地信義
装画:羽山惠
大好きなプイグが50代で亡くなったのはショックだった。本書は遺作。彼の本で最初に読んだのは『蜘蛛女のキス』。暗い刑務所の中の二人の男。ひとりはホモでひとりはノーマル。そういった状況について何の説明もないまま、ほとんど会話だけで物語は進んでいく。無駄がなくてゾクゾクさせられて……一気に読んでしまう。映画や舞台にもなっているようで、それらは未見なのですが、でも本のように、状況を理解したときにアッと思う感じは出ないでしょうね。
赤い唇』では物語は手紙によって進んでいく。この作家はそういった手法が好きなようで、本書も主に会話だけで進む物語。
ストーリー自体はそんなに新しいものではありません。老姉妹がいて、それぞれの子どもたちの話や隣人の噂話、そして貧しい若者を助けようとして逆に騙されてしまう。それが引き込まれるように読んでしまうのは、この姉妹の会話だけで進んでいくからでしょうか。二人は年をとっているのに、娘のようにかわいらしいところもあって、噂話が大好き。それは主に隣人の女性の男性関係についてなのだけれど。妹が家を離れてからは会話のかわりに手紙によって話が進み、突然告訴状や調書が混ざる。そういった過不足のない文章から、読者は好きなように想像して読み進めることができる。『蜘蛛女のキス』もそうなのだけれど、最初よくわからなかった人間関係や状況が、手探りのように読んでいくとだんだんわかってくる、この面白さ。しかしもっと有名であってしかるべき作家なのに、この値段が災いしているんでしょうか。
1999年11月14日(日)14:09 PINO - No comments - No TrackbacksTrackBack用URLTrackBackフォーム
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