『わたしを離さないで』カズオ・イシグロ

Never Let Me Go by Kazuo Ishiguro/土屋政雄=訳

ISBN-4152087196
2006年4月
早川書房
1800円+税
360頁/四六判上製丸背
装画=民野宏之
装幀=坂川栄治+
田中久子(坂川事務所)
カズオ・イシグロの本を読むのは初めて。ブッカー賞受賞の『日の名残り』と本書のタイトルだけ知っていて、その題名のイメージからなんかもっとハートウォーミングなものを想像していた。しかし読んでみたら意外なことに近未来小説であった!
自他ともに認める優秀な介護人キャシー・Hは、提供者と呼ばれる人々を世話している。キャシーが生まれ育った施設ヘールシャムの仲間も提供者だ。共に青春の日々を送り、かたい絆で結ばれた親友のルースとトミーも彼女が介護した。キャシーは病院のベッドに座り、あるいは病院へ車を走らせながら、施設での奇妙な日々に思いをめぐらす。図画工作に極端に力をいれた授業、毎週の健康診断、保護官と呼ばれる教師たちの不思議な態度、そして、キャシーと愛する人々がたどった数奇で皮肉な運命に……。彼女の回想はヘールシャムの驚くべき真実を明かしていく──(カバー表4より)
読み始めてわりとすぐに“提供者”“介護人”とはなんなのか想像がつく。たとえぼーっと読んでいて気づかなかったとしても、物語のかなり早い段階で保護官の口から提供について明かされる。そのこと自体も衝撃だが、介護人、そして提供者にならねばならぬと運命が決まっている子どもたちがそれを平然と受け入れていることに驚きをおぼえる。
ああ、まどろっこしいなあ、そしてこうやってぼかして書いていっても勘のいい人なら想像できてしまうだろう、だからはっきり書くと(以下ネタバレ、反転して読んでください)提供とは臓器提供のことだ。施設は臓器提供のために作られたクローン人間を提供可能な年齢になるまで育てる場所だったのである。
クローン人間や臓器移植をテーマにした小説は決して珍しくはないけれども、本書が異様なのは、そのクローンたちが普通に(といっても隔離されているわけだが、しかし教育を受けたり恋愛したりしながら)暮らしていて、けれども自分の役割についてもわかっていることだ。当然のように“提供”に行き、“2度目の提供”で“使命を終えた”友人のことを「無念だったろうなあ」などと思う。人間は(クローン人間だって頭の中は同じだろう)こんなにも簡単に自分の運命を受け入れられるものだろうか。もちろんそうやって教育されてきた成果なのだが、しかし本当に教育でそんな風にコントロールできるものなのだろうか。
物語の終わりの方で、元保護官の女性がこう語る。
世間があなた方生徒たちのことを気にかけはじめ、どう育てられているのか、そもそもこの世に生み出されるべきだったのかどうかを考えるようになったときは、もう遅すぎました。こういうことは動きはじめてしまうと、もう止められません。癌は治るものと知ってしまった人たちに、どうやって忘れろと言えます? 不治の病だった時代に戻ってくださいと言えます? そう、逆戻りはありえないのです。あなた方の存在を知って少しは気がとがめても、それより自分の子供が、配偶者が、親が、友人が、癌や運動ニューロン病や心臓病で死なないことの方が大事なのです。
その結果人々は提供者の生活について考えまいとした。同じ人間と思わないことにした。だから“普通の人間”に教育された彼らはリアルでない言葉で語る。“4度目の提供で使命を終える”などと平然と言うが、使命を終えるとはもちろん命を落とすことだし、4度目とは何を意味するのか。4つの臓器を頭の中で思い浮かべると身震いがする。

途中からは一気に読んでしまうほど引き込まれはしたのだけれども、これが本当に小説として優れているのかはどうもよくわからない。思春期の少年少女たちの感情やら駆け引きやらがリアルに感じられれば感じられるほど、そのあまりにも素直に受け入れてしまうところに違和感を覚えるから。
最初に“近未来小説”と書いたけれども、途中で気づいて「あっ!」と声が出てしまった。この物語の日付は過去なのだ。だからもしかすると今現在も介護人や提供者がいるのかもしれない……我々が目をつぶっているだけで。
about book design...
本文はイワタオールド。カバーまわりは秀英3号。
2008年09月24日(水)16:04 PINO - No comments - No TrackbacksTrackBack用URLTrackBackフォーム
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『マルコの夢』栗田有起

ISBN-4087747883
2005年11月
集英社
1300円+税
136頁/四六判上製丸背
装画=金羅英
装丁=木村典子
読んだことない作家の本を読もうキャンペーン、再び。
雑誌に載っていたこの人のプロフィールに「品位あふれる筆致によって紡がれる作品」とあって、それはいったいどんな文章なのだろう、と気になっていた。そしてこのペンネーム(って本名かどうかは知らないけど)。作家が、渾身の力をしぼって考え尽くした、最も短い作品はペンネームじゃなかろうか。まあ本名の場合や編集者などに決められる場合もあるのだろうが、でも素敵な名前の人はきっと素敵な作品を書くはず、と思っている。

136頁の薄い本、すぐに読める短いお話。初出は「すばる」で、連載じゃなくて読み切りだ。もう一つ別の話と合わせればちょうど1冊になるようなボリュームだけれども、読んでみると独特の空気が流れていて、これは違う話と合わせるのは難しいかな、と思う。
日本人の主人公の青年が、パリで事業を営む姉夫婦を手伝いに渡仏し、そしてなぜかいきなりレストランで働くことになる。そんなことって実際にはそうはないような、でも特に違和感もおぼえずに読み進めていくと。物語は何ともまあ荒唐無稽なものになるのだが、でもそこに行き着くまでにすでにこの作家の描く独特な空気の中にすっかり取り込まれているものだから、すんなりと受け入れてしまう。
他の人の文章だったら「ばかばかしい」と思ってしまいそうな話なのにね、すっかり引き込まれてしまったのはその「品位あふれる筆致」のせいなのだろう。もっと次々読んでみたいな。

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本文は秀英細明朝。
2008年09月10日(水)15:03 PINO - No comments - No TrackbacksTrackBack用URLTrackBackフォーム
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