『卵のふわふわ』宇江佐真理

八丁堀喰い物草子・江戸前でもなし

ISBN-406212484X
2004年7月
講談社
1600円+税
264頁/四六上製丸背
装幀=丸尾靖子
装画=卯月みゆき
翻訳家の真利子さんが宇江佐真理が好きだと書いていた。知らない作家だなあ、どれどれと棚を見ると時代小説っぽい物が並んでいる。その中からまずはタイトルがかわいいこれを。

舞台は八丁堀、主人公は奉行所の役人の一家で、子どものない夫婦と食い道楽の舅、訳ありっぽい姑、使用人、地所を貸している太鼓持ちなどが住んでいる。捕物帳かと思うがそうではない。事件は起こるけれどもその犯人探しが主題ではなくて、事件は単なるきっかけに過ぎないのだ。6つの話からなるのだが、それぞれに印象的な食べ物の名前がついている。
期せずして料理が象徴的に出て来る本を2冊続けて読んだわけだけど、そのおもむきは正反対だ。『最後の晩餐の作り方』では主人公は評論家のごとく料理について饒舌に語る。評論というのは客観的なものだ。しかしこちらでは料理そのものよりもどんな状況で食べたかの方が大事だ。現実はそうだろう、誰とどんな状況で食べたか、どんな心理状態で食べたかによって味は左右されるはずだもの。主人公の「のぶ」は初めて食べた淡雪豆腐は嬉しくなるほどおいしかったのに、その後、嫌いになってしまう。粗末な水雑炊の方が料理人が作ったひらめの雑炊よりもおいしく思える。ああそうだ、料理を批評することを生業としている人は別として、我々一般人にとって料理とはそういうものだ。好きな人と楽しく食べた料理はおいしいし、嫌な思い出があるものは味自体は好きなはずでももう食べたくなくなったりするもの。本に出てくる料理は、料理といえないほど簡単なものがほとんどだが、タイトルになっている「卵のふわふわ」などはだし汁に卵を入れるだけのものだけれども、それを作る様子、食べる様子を読んでいると本当においしそうで、これに「卵のふわふわ」とはいい名前を付けたものだなあ、と思う。
魅了的なのは食べ物だけじゃなくて登場人物たちもまた然り。読み終えると、一緒に「卵のふわふわ」を食べたような、そんな気持ちになる本。

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本文はNKL。

デザインとは関係ないけれども、この本、図書館で借りたのですがものすごく煙草臭い。せっかく魅力的な食べ物が出て来るのに煙草の臭いに興ざめ。煙草を吸いながら本を読むのはやめてほしいなあ。
2007年07月28日(土)14:47 PINO - No comments - No TrackbacksTrackBack用URLTrackBackフォーム
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『最後の晩餐の作り方』ジョン・ランチェスター

The Dept to Pleasure by John Lanchester/小梨直=訳

ISBN-4105900226
2001年3月
新潮社
クレスト・ブックス
2100円+税
274頁/
四六判仮フランス装
Photograph by
Takashi Ôtaka
Design by Sinchosha
Book Design Division
「イギリスを騒然とさせた鬼才の、華々しいデビュー作」ということで読んでみることに。が、読み始めてすぐにこれは挫折するのでは……と思う。というのも主人公は料理について書き続けるのだが、聞き慣れない名前の料理(イギリスにおいてはそうでないのだろうが)に知らない食材、それがなんとも冗長な文章で描写されている物だから、読んでも読んでも全く頭に入ってこない。ゆえに出来上がりを想像できないし、当然おいしそうなんて思えない。これがずっと続くのかしら……と目が空ろになってくると、子どもの頃のエピソードなどが出てくる。そして時には「えっ? どういうこと?」と目が覚めるような一文が混じる。そう、単にひたすら料理を描写する本ではなかったのだ。
この感じは何かに似ているな……と思ったら、ピーター・グリーナウェイの映画だ。知らない(そして興味も持てない)ゲームを説明するかと思えば平行して人が死んだりする『数に溺れて』。他の作品でもそうだよね、豪華なものや淡々と進むものにまぎれて起こる奇妙な行動や事件。とてもよく似ている。ただグリーナウェイの映画は大好きなのにこの本を読むのが少々辛かったのは、映画だと豪華な映像や音楽があるのに対し、本は文字だけで、なじみのない言葉たちがちっとも頭に入ってこないから。映画化されたら面白いかもしれないなあ、もちろん監督はグリーナウェイで。

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クレストブックスの本文は精興社明朝。
2007年07月23日(月)13:19 PINO - - No TrackbacksTrackBack用URLTrackBackフォーム
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『レキオス』池上永一

LÉQUIOS by Eiichi Ikegami

ISBN-4163192107
2000年5月
文藝春秋
2000円+税
504頁/四六判上製丸背
装丁/地図制作=増田寛
AllAboutのミステリ小説ガイドに載っていたのをメモっておいたのだが。メモには書名著者名しか書いておかない。なので純粋にミステリなんだろうと思って読み始めたのだけれども。冒頭、いきなり女の足が地面から生えてくる。その女は逆さのまま空を飛ぶのだ、しかも鼻がない。しまった、ミステリじゃなくてホラー小説を借りてきてしまったか。それは苦手なジャンルで、しかも結構な厚さの本、おそらく読み終えることなく挫折するんだろうなあ、と気乗りしないまま読み続けたのだが。
逆さの女はお化けではあるけれども、どうやらこれはホラー小説ではないようだ。舞台は沖縄、ユタと呼ばれるシャーマンがいて、ノロなる巫女がいる御嶽(ウタキ)なる霊場がある彼の地なら、そんなお化けが飛び回ってもおかしくないような気がしてしまう。500円で占いをするユタのオバァ、そのやり方はなんともいい加減なものだけれども、驚く程よく当たる。占いに頼りに来るのは女子高生だったり、世界的な学者であったり、米軍少尉であったりする。
読み進めるうちにすっかりペースに巻き込まれて、ここなら何が起きてもおかしくないような気がしてくる。次々先が知りたくなって、あっという間に350頁過ぎまで読んでしまったのだが。が、ここからがどうもいけない。何が起きてもおかしくないような気分になっていたのだが、さすがにこんなことは起きないだろうということが。いやそもそも最初から実際に起きないようなことの連続ではあったのだが、読んでいる私の頭の許容範囲をついに超えてしまった、という感じか。急に我に帰ってしまったような気分で、なんだか冷めてしまう。なーんだ、結局はファンタジー小説だったのか。でもファンタジーが苦手な私をここまで惹き込んだのは見事というべきか。
「ファンタジーじゃん」と思ってしまうと読後感はあまりよくない。あと途中でも気になっていたのが、あまりに悪ふざけがすぎるような場面が多いこと。この本の好き嫌いは、ファンタジーと悪ふざけが許せるかどうかにかかっているのだろう。面白かったとは思うけど、この人の本をもっと読みたいという気にはならなかったな。
ファンタジーだから細かいところにこだわっちゃいけないんだろうけれども、ノロのいなくなった御嶽はどうなるのかなあ、なんてことが気になったりして。

追記:読んでからもう半年近くたつのだけれども、いまだに忘れられない場面がある。それはオバァとロシアンルーレットで勝負するコニーが看板に向けて銃を撃つところ。この時からコニーは強力なセヂの持ち主となる。セヂは強いものへと集まるからだ。
実際、ものすごい運がめぐってきたと感じる時ってあるよね? めぐるのではないな、まさに集まってきた感じ。これもセヂなのか?などと思ったりして。

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本文はモトヤ明朝。自分で使うことはないので、この独特な「な」はなんだっけ?としばし悩む。
最終更新日時:2007年12月19日11:45:06
2007年07月01日(日)00:04 PINO - No comments - No TrackbacksTrackBack用URLTrackBackフォーム
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